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【映画感想】ロング・グッドバイ - ギムレットには早すぎる

 

原作のネタバレも映画のネタバレもするのでこれから読もうとする人は注意

原作を読んだことがない人はいますぐ読んでほしい。

 

ギムレットには早すぎる」っていうのは原作であるチャンドラーの『長いお別れ』終盤に出てくるセリフで、セリフだけはよく知られているがその意味するところはなかなか知られていないような気がする言葉。なんでかっていうと誰がどういうシチュエーションで放った言葉か知られたらネタバレだからなんだけどね。

ちなみにこの映画にはこのセリフが出てこない。このセリフ以外にも原作には素敵な言い回しがたくさんあるんだけど映画ではそのどれもが出てこない。

っていうか出しようもないほど話の筋が違うんだよな。

 

(原題:The Long Goodbye)

テキトーなあらすじ感想

猫も犬もいらね〜〜〜〜〜!!!

 

……深呼吸しよう。さあ、吸って……吐いて………

原作を読んでない人は是非ここで引き返して、原作を読んでほしい。原作は文句なく名作だし、面白いし、後世に影響を与えた作品というだけあってラストはどっかで見たことある感じかもしれないが、だからと言って魅力が損なわれているわけではない。

 

よし、これを観てもう3日はゆうに経っているので怒りが落ち着いてきたかな?と思って今こうしてキーボードを叩いているが、全くもっておさまってなどいないし、むしろこうしている間にも再燃してきた。

 

序盤のあらすじ

私立探偵マーロウの友人・テリーが妻を殺して逃亡した。テリーは妻殺害の告白文を書いて自害するが、マーロウはテリーが犯人であることに疑いを持つ。

 

ここまではまあ時代設定は違えどだいたい一緒。もうこのあとが救いようないほど違う。

一応殺人事件を扱うわけだから誰が本当に殺したのか、っていうのも気になるところ。

原作と映画で犯人違うってどういうことなの

そんなことある??

テリーが妻を殺していないとマーロウは信じるわけだけど、そこに根拠なんてないのは原作も映画も一緒。でも、原作では一応出会いの場面から描かれていて、テリーがそんなことするわけなさそうなのが、読者にもなんとなく伝わるようになってる。でも映画ではそんな描写もなくテリーとマーロウはもともとの友人らしく、マーロウはただテリーの無実を信じており、それなのに真犯人はやっぱテリーだし、テリーはテリーでこの殺人を開き直り、マーロウがテリーを撃ち殺す。

びっくりだよ。どういう神経してんの!?!?

マーロウの目は節穴か!?

 

冒頭、なぜか長々とマーロウが猫の餌を準備するシーンが描かれており、そのシーンはチャンドラーが猫好きだったからとかいうエピソードに由来するようだけど、猫どうでもよくない?? マーロウはチャンドラーじゃないけど??

っていうかこんなシーンに尺を割くな。そのシーンに割く尺があるならテリーとの出会いでも描くべき。

 

原作はテリーの優しさが招いた悲劇であり、この終幕の後二度と会わないテリーとマーロウの奇妙な友情の話でもあり、そういう話だからこのタイトルは「長いお別れ」なんじゃないのか。

 

最近日本でもレミゼのパチモンとか巌窟王のパチモンとかドラマになってるしこの長いお別れもまさしく『ロング・グッドバイ』というタイトルでパチモンが製作されている。

西洋作品を日本人キャストでやろうとしたらどうしても設定をガラッと変えないと不自然になってしまうので(そういう意味ではアンナ・カレーニナをロシア人以外でキャスティングした&英語で話すのを不自然にしないために舞台風の演出にするとかすごくいい工夫だったよね)仕方ないと思うんだけど、ふつーにアメリカが舞台の『長いお別れ』をわざわざ設定に過激な変更を加えて映画にする意味って何なんだろう。

別に、そのまま映画にしたってよくない?

なんでわざわざこんな意味不明で目の前が真っ暗になり原作ファンが激怒したくなる感じの改変を加えてストーリーを捻じ曲げたのか。

 

これをものっっっっすごく好意的に解釈すると、監督は原作ファンを裏切りたかったのかもしれない。原作ありの映画というのは原作を読んでいる人には結末の分かっている話であり、それが推理小説ともなれば原作を読めば犯人が分かるし、原作ありきの映画に何を言っているんだという感じだがまあネタバレである。

だからもしかしたらテリーの無実を知っている原作ファンと、テリーの無実を信じる私立探偵マーロウの両方を脚本で裏切り、”意外な結末”にしようと目論んだのかもしれない。もう少し上手に撮れば「これはこれでアリ」って思ったかもしれない。どっちにしろ名前を使うなというくらいの別物だが、10000歩譲ってテリーを真犯人にするとして、その動機が、原作のテリー・レノックスを彷彿とさせるような、彼の人情を感じるようなものだったら、感想ももっと違っていたと思う。

 

原作の訳者である清水俊二があとがきでそこそこ褒めてたから、いずれ観ようと思っていたんだけど、え、これ褒める要素ある??

もう、HPを限界まで削られたよ。

 

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