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【映画感想】ラスト・ナイト・イン・ソーホー - おしゃれ映画の皮を被せたおかげでエグみ増し増し

これずっと楽しみにしてた〜!

ただ予告を見ておしゃれスリラーだと思って友達誘って来たタイプの女の子は大丈夫だったのだろうか。絶対いると思うんだけど。私ももっとネオンデーモンみたいな話かと思っていたし

 

人によっては大きくもやっとするだろうし、感想が噛み合わないと価値観の違いを浮き彫りにしそうな映画なのであまり人と一緒に観に行くのはおすすめしない。

 

(原題:Last Night in Soho)

テキトーなあらすじ

デザイナーを夢見て田舎からロンドンに来たエリーは、寮暮らしに馴染めず空き部屋を借りてひとり暮らしを始める。その日から毎晩夢で60年代ソーホーにタイムスリップし、歌手になることを夢見る少女・サンディの過去を追体験する。

 

以下がっつりネタバレあり

 

 

 

サンディは歌手を夢見てカフェ・ド・パリの扉を叩くものの、そこにいたジャック(ポン引きと言われていたけど)に唆され、まずはもっと小さなカフェでのデビューを持ちかけられる。都会的なジャックの言うことをサンディ(とエリー)は信じ、サンディはジャックについていく。ジャックはオーディションと称してサンディを歌わせデビューを約束するものの、結局サンディがステージに立ったのは他の人のバックダンサー的な存在としてだった。エリーにとってサンディは自信に満ち溢れていて、彼女に共感したり憧れたりもしていたので、彼女がそのような屈辱的なデビューを果たすことになり、同時にジャックに騙されたのだと知って動揺する。ジャックはサンディを他の男性に紹介し、もっと名を売るようにけしかける(いわゆる枕営業的な)。サンディは拒否するが、ジャックはみんなやっていることだという。

サンディは男性たちに自身の芸名をめちゃくちゃに伝える(アレクサンドラ、アレクシー、など)が、唯一本名を聞いて来た警官の男にだけ本名を伝えた。警官は鏡を見なければ君は手遅れだと忠告する。鏡の中にはエリーが映っており、鏡の中のエリーは必死にサンディにこちらを見るよう訴えるが、サンディはついに鏡を見なかった。

サンディを消費する男性たちの視線をエリーまでもが経験するようになるころ、エリーはクラスメート?のジョンに息抜きとしてパーティーに誘われる。帰り道、エリーはジョンを部屋に誘う。部屋は男子禁制だったがこっそりと……。

しかしまさに事に及ぼうとしたその時、サンディがジャックにナイフで襲われている幻影を目撃する。血塗れになるサンディの幻影を見ながら錯乱したエリーは、サンディがジャックに殺されたのだと思い、大家のコリンズに尋ねたり、警察に訴えたり、図書館でこの事件の記事を探したりする。

コリンズは「ロンドンのどの部屋でも人は死んでいる」といい、警官は「頭がおかしいのでは?」と言ってまともに取り合わない。

エリーはたびたび目にする不気味な老人がジャックではないかと推測するが、彼は風俗取締りの元警官だった(サンディが本名を教えた人)。

手がかりを失ったエリーはもう1日も耐えられない、ロンドンを出るといってジョンに付き添われコリンズに退去の話をしに行く。ジョンは前に部屋に入っているところを見つかっているので外で待っている。

コリンズは警察が話を聞きにきたといい、エリーに「たしかにあの部屋でサンディは死んだ」と告げる。

真相はサンディが殺されたのではなく、サンディが殺したのだ。自分に向けられたナイフの刃を握った跡がまだコリンズの手に残っていた。サンディは部屋を訪れた男性たちを次々と殺害する。

コリンズがエリーに勧めたお茶には毒が入っていた。エリーが遅いことを不審に思ったジョンが家のドアを叩く。コリンズはそれを招き入れて殺そうとするが、エリーがそれを止める。エリーが倒したタバコの火がレコードに燃え移って火災になり、エリーは上の階へ逃げた。そこではサンディに殺された男たちがいてエリーを押さえつけ、「助けて」「あの女を殺して」と囁く。コリンズが扉を開けると、男たちは慄くが、コリンズもまた怯えたような表情を見せる。

コリンズは「刑務所へは行かない」といい、自殺を図るが、エリーはサンディを抱きしめて「死ぬ必要はない、生きて」と訴える。サンディはエリーにボーイフレンドと一緒に逃げるよう言って、一人燃え盛る部屋に残った。

 

エリーは60年代からインスピレーションを受けたコレクションを発表する(課題制作?)。

ショーは成功に終わり、舞台裏の鏡でエリーは母親の幻影とサンディの幻影を見る。サンディは鏡の中で微笑んでいた。

 

 

という胸糞悪いけどハッピーエンドみたいな形。

エリーはもともと霊感があるのでロンドンに来る前から母親の幻影とか見ているんだけど、それがなぜ見えているのかわからなくて、でも母親はエリーが7つの時に心の病で自殺していて……という設定つきなのでサンディって母親の若かりし頃なのかなと思いながら観ていた。デザイナー志望の前は歌手志望とかで(だからシンクロするのかと思ってたし)。全然違った。ただそういう過去を持っている大家が貸している曰くつきの部屋にたまたま霊感のあるエリーが住んでしまったという話。

母親の話が、エリーはもともと霊感があるんですっていう設定上の都合での話にしかなっていないのがもったいなかった。母親の設定、要らない気がする。要らないどころか、ない方がいい気がする。

 

コリンズは家を安い時に買い取っていて、エリーに貸す部屋も思い出深くて改装もできないと説明するけどこれは単に死体を家の壁とかそういうところに隠したから業者の手を入れられないということなのかな(行方不明になったといっていたけど消えたわけじゃないもんね)。

名前を変え(届いていた手紙の宛名はアレクサンドラ・コリンズ)、殺したい男は全部殺し尽くしたのにそのせいでまた逃げられなくなっているサンディに、やっと訪れた救いがエリーの過去を追体験するという謎体質によって、他人に言えない、外からは見えなかったであろう悲劇が受け入れてもらえた?ことなんだよね。こんなことで捕まって自分の行いを罪にしたくなかったんだろうな……。

少々違和感あるのが、エリーの懐古趣味にコリンズが理解を示し、60年代よかったわね〜みたいな発言をするところ。音楽のところで「今よりいい」っていうところは積極的な肯定に見えない感じもしたけど、他の部分ではエリーの変化(サンディ寄りのイメチェン)を見て褒めていたし、エリーが60年代の音楽をかけるのに触発されて自分もかけていたし、コリンズにとっての60年代、忘れたい過去ばかりでもなかったのか、それはそれでこれはこれなのか……。あるいは自分が純粋に夢見ていた頃を懐かしむ気持ちなのかな。

 

一番好きなシーンはサンディに殺された男たちに「助けて」と言われ、エリー自身も今まさにコリンズに殺されかけているにもかかわらずはっきりと「イヤ」って言うシーン。

彼らは事件の被害者ではあるけれど同時に彼らがサンディに何をしてきたのかエリーはちゃんと見て知っている。

過去に夢が踏みにじられたサンディの思いも掬って、エリーがちゃんと自分の夢を叶えていけそうな、希望のあるラストだなってエリー側で観てたら思う。

でもサンディは……夢破れてなおソーホーで生きるしかなく、最後エリーに救われたにしてもこの歳まで事件のあった部屋の下で過ごし、苦痛から完全に解放されている時なんてなかっただろうなと思うと、その苦痛の時間の長さが辛い。

 

よかった部分もあるけど、中盤〜終盤の男たちの亡霊にエリーが取り囲まれたり追いかけられたりするシーンは長いし慌ただしい感じもするし、観客側の恐怖心を削いでいると思った。いやエリーは怖いと思うよ?

でも何ならこのあたりはエリーの、ハロウィンの日から落とし切れていない黒いアイメイクの方が怖いくらいだから……。

エリーが亡霊に襲われている(と思っている)シーンにもっと何か工夫が欲しかった。これも含めて顔のない亡霊が自分に手を伸ばしてくるというビジョンってサンディの追体験だったのだろうとわかってはいるんだけど、諄くて……。

 

それにしてもこの、加害者が別の側面では被害者であり、被害者もまた加害者であり、最後に幻影を見るこの構造、とてもコールドケースみがあって私はとても好き。

 

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